民事損害賠償額との調整


民事損害賠償額との調整(労災保険法附則第64条)

事業主は、その事業に使用する労働者を安全に作業に就かせる義務がある。(民法415条)これに事業主が違反し、業務災害又は通勤災害の原因となる事故が生じたものである場合には、当該被災労働者又は遺族は事業主に対し、民法の規定によって損害賠償請求権を有することとなり、他方、業務災害又は通勤災害として労災保険の保険給付の受給権も取得することとなる。しかし、このように二重のてん補が行われなんら調整がないとすると、被災労働者又は遺族は、本来の損害額を上回っててん補されることとなり、同時に、事業主に対しては損害賠償と全額事業主負担とされている労災保険係る保険料との負担の重複をもたらすこととなり、合理的とはいえない。そこで、民法上の損害賠償と労災保険の保険給付についての合理的な調整としてこの規定が定められた。

(1)損害賠償側からの調整(法附則64条1項)

障害(補償)年金又は遺族(補償)年金の受給権者(当該年金の前払一時金を請求できる者に限る。)が同一の事由につき、事業主から損害賠償を受けることができるときは、当該損害賠償については、次の①、②のように調整される。

① 履行の猶予

当該事業主は、当該労働者又は遺族の年金給付を受ける権利が消滅するまでの間、次の価額の限度でその損害賠償の履行をしないことができる。

履行猶予額=(前払一時金最高限度額)-(損害発生時から前払一時金限度額を受ける時までの履行猶予学について年5分により計算される額)

② 免責

①の規定によって損害賠償の履行が猶予されている場合において、その猶予期間中に当該年金給付又は前払一時金給付の支給が行われたとき、次の価額の限度で損害賠償の責めを免れる

免責額=(年金給付または当該年金給付に係る前払一時金の支給額)-(損害発生時から年金または前払一時金を受けた時までの履行猶予額について年5分により計算される額)

  • 免責は年金給付等の支給が行われなければ行われない。(単に履行を猶予されているにすぎない)
  • 先順位者の受給権が前払一時金を受けた後に失権することにより遺族(補償)年金の受給権者となった者のように前払一時金給付を請求できない者については、当該調整規定は適用されない。(ただ単に請求期限が徒過している場合には支給調整は行われる。)
  • 慰謝料、物的損害等が調整の対象とされないのは、第三者行為災害の場合と同様である。(通達)
  • 当該調整の対象となる損害賠償額は、年金給付によっててん補される部分に限るので、労災保険の年金のてん補対象となる部分を超えて行われた損害賠償部分(上積分)は当該調整の対象とならない。また既支給の年金給付によって既にてん補された部分も当該調整の対象とならない。(同前)
  • 事業主が履行の猶予を認められるのは、年金給付の受給権が存続している間に限られるので、受給権が消滅したときは、直ちに猶予されていた損害賠償の履行期が到来することになる。

(2)労災保険側からの調整(法附則64条2項)

保険給付の受給権者が当該保険給付と同一の事由につき、事業主から損害賠償(労働者災害補償保険の保険給付によって填補される部分に限る)が先行して行われた場合には、政府は労働政策審議会の議を経て、厚生労働大臣が定める基準により、その価額の限度で保険給付をしないことができる。

◎ 厚生労働大臣が定める基準

a 労災保険の支給調整の事由となる損害賠償

次の表の左欄に掲げる民事損害賠償を受けたときは、それぞれの項目に応じて右欄に掲げる保険給付の調整を行う。

損害賠償損害項目 支給調整を行う労災保険給付
遺失利益 障害(補償)給付、遺族(補償)給付
傷病(補償)年金、休業(補償)給付
療 養 費 療養(補償)給付
葬祭費用 葬祭料(葬祭給付)
介護損害 介護(補償)給付
(平成8年4月1日以後発生したものに限る)
b 調整対象給付期間(労災保険の支給調整が行われる期間)

障害(補償)年金については前払一時金最高限度額相当期間の終了する月、休業(補償)給付については災害発生日又は疾病発生確定日、傷病(補償)年金については支給事由が発生した月の翌月から起算して9年間又は就労可能年齢を超えるに至ったときまでの期間のいずれか短い期間が調整対象となる。(=支給調整される期間は最大でも9年となる)

  • 転給により受給権を取得した者については、当該支給調整は行われない。
  • 調整対象となる損害賠償額には、受給権者以外の遺族が受けた損害賠償額は含まれない。
  • 労災保険の給付に上積みして支給される企業内労災補償、示談金、和解金、見舞金等については原則として調整対象としない。
  • 当該労働者等が前払一時金給付を請求することができる場合には、前払一時金給付の最高限度額に達するまでの年金給付(各月に支給される年金給付の額の合算においては、最初の年金給付の支払期月から1年経過以後の分は年5分の単利で割り引いて計算する)については損害賠償を受けても支給調整(控除)されない。(=前払一時金給付の最高限度額までは損害賠償を受けても保険給付は支給調整されない)

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